鹿児島方面は今日も雨が続いているようです。と言う事で18日に内之浦から打ち上げ予定だったJAXAの
S-310-36号機の打ち上げは順延中。
H2Aの8号機の方も気象状況等を踏まえて
明日22日の打ち上げも延期が決定しています。
打ち上げを見に行くなら1週間くらいは幅を持たないと駄目とは良く聞く話ですが、今回も取材に行かれている
宇宙作家クラブ取材班の皆さんも大変ですね(^^;
結局打ち上げは23日の月曜日以降になりそうな情勢のようですので、慌てずじっくり待ちましょう!
1月19日:
コニカミノルタ、カメラから撤退 ソニーが「α」を継承
1月12日:
ニコン、銀塩カメラを大幅縮小
高校大学と7年間写真部に在席していた私としては思わず合掌。今時の写真部はデジタルカメラが主流なんだろうか?そうすると部室にあるのはパソコンとプリンタ?私は古い人なので現像液や定着液それにツーンとくる停止液の酢酸の匂いが懐かしく思い出されます。
コニカミノルタは銀塩フィルムのコニカカラー(私の時代ではサクラカラー)からも撤退だ。学生時代にカラーフィルムだと人物を撮るならサクラカラーと言われていたのが懐かしい。柔らかくかつ自然な肌色が綺麗だと言われていた。富士フィルムはリアリティのある色味でコダックは強調されているような強い色合いの写真が取れたんだがなあ。これまた合掌。
学生時代は1日かけて撮影して来たフィルムを半日かけて現像と乾燥して6コマずつ裁断。ベタ焼きをしてチェックをした後でコマを選んでキャビネ判に焼く。なんて事を数日かけてやっていた。現像が終わるまで撮影が成功なのか失敗なのかすら判らず現像器のフタを開ける瞬間のドキドキ感が好きだった。暗室の中の暗室ランプの赤い照明も懐かしい。愛機はシンプルだけど頑丈な
ニコマートFT2だった。風景写真が中心だったが鉄道写真や天体写真も撮った。古き良き時代が1つ終わったのかもしれません。
もっとも社会人になってからは撮影に行く時間もままならず次第に一眼レフを手にする事も無くなった。更にその後でAmigaを手に入れてからは仮想空間である3DCGによりCG作品を作る事を趣味にしていたのだからデジタル化への流れは必然なのかもとも思ってしまう。余談ですがあの
松浦さんは日経記者時代にAmigaやVideoToasterの記事なんかを書いていたとの事。やはり昔からマニアックな人だったんですね(笑)
マニアックと言えば、銀塩一眼レフなんかが無くなると「究極超人あ~る」のギャグも理解できる人はいなくなるんでしょうね。ってあれは当時でも写真部しか判らんギャグが満載でした(笑) 「逆光は勝利」とか「トライXを4号か5号で焼いてこそ味が出る」あたりですが(^^;
大げさかもしれませんが21世紀も5年が経過して世の中が色々な意味で大きく変化をはじめたのかもしれないと感じています。今年は何だか色々な事がこれからありそうな予感がしますが、さてどんな1年になるのやら。ライブドアもどうなるのやら(^o^;;